パン屋がホームページを活用したら・終

終・笑顔になれるパン屋

――― ハルノリは、幻滅していたことを隠していた時期があった。

最初の打ち合わせから1ヶ月くらいは、ムツミの熱意が空回りしているのではないかと思うほど、ネットでの反響がなかったからである。他の店の真似や、今更と思うようなことを、手当たり次第やっているようにしか思えなかった。

店の前にブラックボードを置いて、日毎に違うおすすめのパンを書くようになった。店内のポップも、コメントを入れたものに差し替えた。

ネットでも同じような内容を投稿していた。こちらはiPadの写真機能をなんとか活用しているようだった。反響がなくても毎日1回、それほど長くはない文章だったが、客が少ない時間になると、アメブロとFacebookにせっせと投稿していた。就寝時間も遅くなった。

ハルノリとは、新商品の話をすることが多くなった。今までの季節商品とはまったく違うもの。
店の売上が軌道に乗っていなかったので、あまり気が進まなかったがそれでイイという。まだ作る時期ではないが、案だけは練っておきたいということだった。

しばらくして、自撮りにハマり始めた。それもミヅキの影響だったらしい。最初は恥ずかしがって表情も固かったが、いつの間にか化粧も覚えてきたようで、自然な笑顔で写るようになった。

次第に、Facebookページのいいね!数が増え始めた。
「Facebookを見て来ました!」という若い客も増えてきた。一緒に写真を撮りたいという客もいた。

その頃からか、新しく考えていた商品を試作品として出したら、あっという間に完売してしまった。
しかも、生の意見がFacebookで返ってくる。
「甘い商品の多い店だけど、これは甘すぎなくてイイ!」「夕方行ったら買えなかった〜」「こういう甘くないものもっと増やせばいいのにね」「いいな〜食べてみたい!」という、参考になる好意的なコメントが散見された。

そして、LINE@というサービスも始めるようになった。
これは学生が早速見つけてくれて、普段の倍以上の学生達が来た時には、さすがに驚いた。
クーポン目当ての学生だろうと思っていたが、それから足を運ぶようになった学生もいる。
新商品は、FacebookとLINEを見て買いに来たと思われる常連客が多くなった。

年配の常連客には嫌な顔をされるかと思ったが、「若い人が増えて良かったわね。ここのお店はこれでいいのよ。たまに荷物を持ってくれる学生さんがいるのも嬉しいわ」と、荷物を抱えた初老の女性は頬を緩ませていた。

定休日になると、ムツミはどこかに出かけるようになった。
2人で温泉に行くことはなくなったが、彼女はとても楽しそうだった。

気がつけば、ムツミはパン・ド・ムーの看板娘となっていた。
品切れになる日もあったりして、客に怒られもしたが、売上は順調に伸びている。

年の瀬を感じさせる慌ただしさが、ゆっくりと、街を白く包みはじめていた。

―――「……… ふ〜っ…。こうやって2人でゆっくりできるの、久し振りだね」
「まあ、温泉旅館ってのはどうかと思ったんだけどな」
「いいじゃん、別にクリスマス当日でもないんだし」

クリスマスは休んではいられないということで、2人は一足先に休みをとって、羽根を伸ばしていた。
浴衣に身を包んだ妻は、いつもより色っぽく感じられる。もともと愛妻家を自負していたハルノリだったが、自分の妻はこんなに若くてキレイだったか?

「あれからホント、ミヅキさんにはお世話になったなあ…」
「太ったな、あの人」
「えー、一時期より痩せたよー」
「おからパンの成果だな」
「だね。私も痩せましたよ」

主力商品は、人気商品だったバニラバターブレッドの他にも、いくつか増えた。

太らないパンを一番渇望したのは他でもない、担当者のミヅキだった。
常連客と話をするため営業日に足を運び、自ら様々な商品を購入していたが、調査期間だけと称していたのはいつの事やら、しっかり常連の一員になっていた。毎週の打ち合わせの度に大好きなバニラとバターの芳香に当てられていては、仕方のない事かもしれない。

本人は相当気にしていたようで、「このままだと本当に、バニラバターに埋もれて死んでしまいます」とションボリしていたのを2人は覚えている。

そこで地元の農家や豆腐屋、卸売業者の仲間(ムツミはいつの間にか交友範囲を広げていたらしい)と相談して、健康志向のパンを開発したら大ヒット。その裏には、常連客が気軽に感想をくれたり、Facebookでの意見も得られたことが大きかった。
小麦粉を使わないおからパンは、特に支持を得ることができた。お客様と作り上げたパンだ。

ミヅキには「自分の商品と向き合うためには、ちゃんと食べてください」と言われた。
今まで商品に手を付けなかったムツミだったが、おからパンで自ら痩せるということもやってのけた。もちろん、Facebookの反響を見ながら仕掛けたのはミヅキだ。

「ムツミさんばかり痩せて、ずるいです!」と言いながら彼女は、バニラバターブレッドで作った “バニラバターのしゅわしゅわフレンチトースト” を買って帰るのが日課になっていた。

「……そろっと、ミヅキさんから卒業しないとなって」
「そうか?費用は別に問題ないぞ」
「お金の問題じゃなくてさ。私はやっぱり、あなたとお店を作っていきたいし」

ニッコリ微笑む妻は、力んで疲れているような様子もなければ、将来の迷いもない。それでも少し目を伏せて、ポツリポツリと、つぶやくように話を続けた。

「……ゆっくり話せることって、ほとんどなかったでしょ?」
「まぁな」
「ずっと……引っかかってたんだよ」
「話してなかったことか?」
「んー……お客さんは笑顔になってくれてる。私も嬉しい。ミヅキさんも喜んでくれた。……でも、あなたがあまり笑わなくなってた」

少し寂しそうな笑顔を直視できず、ハルノリはちゃぶ台にある灰皿を引き寄せて、煙草に火を着けた。

「気づいてたんだけど、気づかないフリしてた。ゴメンね」
「オレは別に…」
「煙草の本数も増えたよね。あなたも結構、わかりやすいんだよ?」

横を向いて煙を吹き出す。いつもわかりやすいと言っていた自分が言われると、自嘲しか出てこない。

そういえば、同じ部屋で煙草を吸おうものなら逆鱗に触れたかのように怒っていた彼女が、あまり気にした様子がない。家での喫煙場所は決まっていたが、思い返せば、吸い殻が山盛りになっていることはなくなっていた。彼女なりに気を遣っていたのだろう。

「だからさ、ミヅキさんからは今年で卒業。今度は私達で作っていこう?」

真っ直ぐに、確かめるように、じっと目を見つめて紡がれる言葉が、まるでプロポーズの申し出のような錯覚に陥いる。状況的に、ともすれば理性を失いかけそうになるところだが、ハルノリにも言いたいことはあった。

「……まあ、完全に切ると、オレが考えてることも相談できなくなるから、卒業というのはちょっと、な」
「考えていること?」
「そ。新商品は出しても、イベントってあんまやってないだろ?そういうのを定期的にやってみても面白いかなって」
「えー!なになに、聞かせて!」

さっきとはまったく異なる、子どものような笑顔を見せて前のめりになる妻に、ハルノリもつい笑みがこぼれた。まだ長い煙草を灰皿に押し付ける。

「どうせノート持ってきたんだろ?ラッキーセブンのパン屋イベント、説明してやるから持ってこいよ」
「なにそのダサい名前。パチンコ屋?」
「おまっ、ダサいとか言うな!顧客単価も考えつつ、裏技もありつつ、健全で楽しいイベントだぞ?」
「へー」

棒読みで相づちを打ちながらも、楽しそうにノートを持ってくるムツミ。やや擦り切れた表紙にはvol.3と書かれ、中には今までのミヅキとのやりとりがぎっしり詰まっていた。

「オレは見つけた。いいか、今は消費税8%だ。120円のパン6個でいくらになる?」
「120円が、6個の、720の、1.08で………778円…」
「おい、切り上げるなよ。1円くらいいいだろ」
「1円を馬鹿にすると、1円で泣くって、死んだおばあちゃんが言ってた」
「お前んち、ばーさん生きてるだろうが」
「はいはい、777円ね。なるほどねー」
「じゃあ、1110円出したらどうなる?」
「そんな細かいの、出す人いないでしょうが」
「細けぇことはいいんだよ」
「えーっと、333円……」
「オモシロイだろ?」
「…ちょっと」
「ちょっと、って、お前なあ。120円のパンからじゃ想像つかないだろ?で、千円札と、100円玉と、10円玉、それぞれを1枚ずつ持ってくると、なんとラッキースリーマジックに!」
「だっさい!オモシロそうだけど、それはダサい!!どこのオヤジギャグ!?」

ムツミは笑った。ハルノリも笑った。
2人でこうやって笑い合ったのはひどく懐かしい感じがしたが、それは遠い過去に置いてきたものではなく、今ここにある幸せだった。

「7と3は幸運を呼ぶ数字なんだぞ!」
「そんなこと、あなたが言うなんて珍しい。ずっと考えてたの?」
「お、おう…」

気恥ずかしそうに、ハルノリは口ごもった。
お客様に喜んでもらいたい、楽しんでもらいたいと思う一心で、ずっと考えていてくれたのだろう。

ああ、私は、幸せだ。

「それならいいじゃない、”幸せになれるパン屋” で。きっと楽しんでくれる人がいるよ。やってみよ?」

パン屋がホームページを活用したら・終

※この物語はフィクションであり、実在する企業名、団体名、地名、および人名等とは一切関係ありません。

ウェブの心理戦略家。WordPressの勉強会(WordBench新潟・長岡藩)も主催。顧客の心理と分析を裏付けるデータを元に、心理学に基づいたライティングとWordPressでのサイト構築が得意。新潟県長岡市在住。2013年4月には新潟県で初のウェブ解析士マスターになり、同年6月よりコスギスとして活動。夫と子ども2人をこよなく愛す。おやつはプリン。

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