パン屋がホームページを活用したら・8

8・わかりやすいパン屋

「やっぱり、難しいんですね……」

ムツミに事情を話したハルノリは、次の定休日、とあるオフィスの応接室にいた。
夫婦が前にしているのは、ビジネスカジュアルに身を包んだ2人の男女。先日、呑み屋で紹介してもらった会社のスタッフだ。

ハルノリが事情を説明すると、友から聞いたような内容だけでなく、今回の問題点や、ウェブ業界全体のことも教えてくれた。

リース契約として、第三者のリース会社が入る契約で泣いている零細企業や個人事業主は少なくないという。裁判を起こせばある程度勝機はあるものの、時間も費用も気力も体力も削られてしまうとのこと。

一定の契約期間が過ぎても、ホームページが自分たちの物になるわけではない。そのまま契約更新を行なうか、高い勉強代を賄うつもりで心機一転、本気でウェブ活用を行なうという方法がある。後者を選ぶなら、早めに手を打ったほうがいいとのこと。

そして、ホームページを持っていても、ただ発信をしているだけで「ウェブ活用をしている」と思い込んでいる企業が少なくないこと。

FacebookなどのSNSの使い方は、ホームページとはまったく異なること。
それを知らずに失敗している企業も多いこと。
逆に言えば、正しく使えば将来性があるということ。

そんなことを、丁寧に説明してくれた。

「……だからこそ、パン・ド・ムー様にいらっしゃるお客様の事を考えて、ウェブを活用することが必要なんです。お客様が喜んでくれると、嬉しいですよね?それがビジネスに一番大切なことだと、弊社は考えています」

メガネを掛けた細身の女性が、にこやかにムツミに語りかける。笑顔の女性は美しい。

「そのため、必要に応じて実店舗のビジネスに関しても、ご提案させていただくことがございます。もちろん、強制するものではありません。弊社としては、心から正直に話せる信頼関係を重視しておりますので、ご納得いただけないものは正直に “嫌です!” と仰っていただいて構いません」

先程から子どものように頷いてばかりいる妻を見て、友の顔が思い出され、後悔の念が募る。
“ホームページを作るなら30万はくだらない” と言ったアイツの話を、もっとよく聞いておくんだった。そうすれば、今頃……

そんなハルノリの心を見透かすように、もう一人の男性スタッフが口を開いた。くだけたクールビズの服装をしているが、親近感を感じながらも丁寧な印象を受ける。

「すでにクーリングオフの期間は過ぎているので、恐れ入りますが、契約は契約です。まずはこれからどうすべきかを考えましょう」
「はい……そうですね」
「現在のホームページには、必要最低限のことは掲載されていますので、契約期間中は価格などの修正のみとした方が良いでしょう」
「仕方ないですよね……」
「ええ。その代わり、Facebookとアメブロをフル活用した集客と、パン・ド・ムー様のファン育成をご提案します。先方との契約状況にもよりますが、これらは春日様のものとして管理することが可能でしょうから、その切り分けも行いましょう」
「ホームページの情報は手元に残らないと聞きましたが、大丈夫なんでしょうか?」
「はい。ホームページ以外は、先方が代理で登録しているだけの状態と判断します。そうなれば、所有権は春日様にあります。一部の画像や、メールアドレスなど登録している情報の修正が必要になることは考えられますが……」

今までの例から考えたら、大丈夫でしょう。と、男は声をひそめてつけ足した。一応オフレコです、と、女性が肩をすくめて、困ったような笑顔で補足する。ウェーブの入ったやや明るめの髪が、大きな胸元で揺れた。

わざとらしく咳払いをしたムツミが、身を乗り出す。

「で、これからの流れってどうなりますか?アメブロの更新は一応しているんですが、私がノートに書いたものを、主人が打ち込んでくれているんです。それに、フェイスブックはよくわからなくて。ツイッターにもフェイスブックにも、アメブロを更新したというお知らせみたいなことが自動的に投稿されているみたいですが、それじゃあまり意味ない気がします。お客さんが増えたという実感もないですし、ブログも見られているのかよくわかりません。何とかしたいと思ってはいるんですけど…」

珍しくペラペラと喋る妻を見て思う。なるほど、同性の美人担当者の方が、仕事の相性は良いらしい。ハルノリは、しばらく黙って聞いていることにした。
目の前に置かれていた麦茶に手を伸ばす。

「正直、お金がありません。お金をかけずに何とかできる方法ってないですか?」

突然のストレートすぎる意見に、思わずグラスを取り損ねてしまった。ガチャンという音に、壁の向こうで仕事をしているだろうスタッフの視線を意識してしまうほど、動揺している。

「す、スミマセン!おまっ、そりゃちょっと…」
「大丈夫ですよ」

気にしないでくださいと女性スタッフが手早く片付けてくれたが、余裕のある回答は麦茶の後始末ではなかった。男性スタッフがA4の資料を一枚ずつ差し出す。

「ソーシャルメディアを活用すれば、費用は十分抑えられます」

男性が “ソーシャルメディア(Facebook、Twitter、LINE@)活用の流れ” と題された資料の概要を説明し終えた頃に、先ほどの女性スタッフが戻ってくる。
彼女は新しい麦茶を2人の前に並べると、男性スタッフと入れ替わるように席についた。

「それぞれの機能がどう活かされるのか、私の方からもご説明しますね」

少し身をかがめて図を指し、こちらの表情を伺いながら、ひとつひとつ示している。それが大きな流れにつながることに気づいたムツミの顔が、興奮に比例して徐々に紅潮していく。
なるほど、説明もわかりやすいが、こちらもわかりやすい。

プロの言うことを愚直に信じて痛い目に会っているにも関わらず、同じように信じ込んでいる危うさはある。だが、”何がわからないのかすら、よくわからない” という前回とは状況がまったく違う。彼女が今の状況を理解しているのがその証拠だ。

この美人さんが担当になってくれたら、モチベーションが保てていいんだろうな〜……と、上の空に話を聞いていたハルノリの脇腹に、肘が刺さる。

「胸元見てたでしょ!」「違うって!」「どうせ私はないわよ!」「だから違うって!」という痴話喧嘩があった末にムツミがiPadを手に入れたのは、それからしばらく経ってからのことだった。

次:パン屋がホームページを活用したら(9・ガールズトークとパン屋)

※この物語はフィクションであり、実在する企業名、団体名、地名、および人名等とは一切関係ありません。

ウェブの心理戦略家。WordPressの勉強会(WordBench新潟・長岡藩)も主催。顧客の心理と分析を裏付けるデータを元に、心理学に基づいたライティングとWordPressでのサイト構築が得意。新潟県長岡市在住。2013年4月には新潟県で初のウェブ解析士マスターになり、同年6月よりコスギスとして活動。夫と子ども2人をこよなく愛す。おやつはプリン。

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