パン屋がホームページを活用したら・6

6・憂鬱なパン屋

「ありがとうございました〜」

あれから、2ヶ月が過ぎていた。

結局、文章はそれぞれ2,000文字に届かず送ることとなったが、内心ヒヤヒヤしていたものの、事務的な返信と今後のスケジュール以外の連絡が来ることはなかった。

数日後には、一眼レフを抱えたカメラマンがやってきた。
店の前に立ち、ぎこちない笑顔で写真を撮られる夫が可笑しかった。
焼きたてのパンは数十枚撮られただろう。

ホームページは無事公開され、パン・ド・ムーのイメージカラーである、小麦色のきれいなサイトができあがった。

トップページには焼きたてのパンと外観の写真が1枚に編集されて掲載されている。
ほぼ徹夜で考えた内容も、整形されて見やすく載っていた。
問い合わせメールが来ても、ハルノリのiPhoneで受けられるようにしたので万全だ。
アメブロはムツミが選んだ可愛らしいデザインで公開された。
Facebookページや、Twitterアカウントも作成した。

材料費や水道光熱費を除いた、春日家の平均月収は22万である。
その中で10万円の出費はかなりキツかったが、予想以上にきれいなホームページに喜んだものだった。

だが。

「……そう簡単には、お客さん増えないよねぇ……」

レジ付近に置かれた可愛らしいショップカードを、サラサラと撫でてため息をつく。
“Facebook にいいね! で、バターロール1個サービス!” と書かれたカードは、減った気がしない。
開店時ののんびりした空気も、ランチタイムの賑やかさも、その後の静かさも、夕方の慌ただしさも、いつもどおりだった。

「いらっしゃいませ〜…あ、こんにちは!いつもありがとうございます!」

迎えた客は、恰幅の良い初老の女性だった。買い物帰りらしく、膨れたエコバックを重そうに抱えている。

「どうも、ごめんくださいね。いつものくれる?」
「はい、少々お待ちください」

彼女は店内にある長椅子に腰掛けて荷物を置き、ふうと息をついた。
近所の女性のようだが、名前は知らない。
昼前のこの時間に焼き上がるバターブレッドを目当てに、よく足を運んでくれる常連客だ。

「いつもありがとうございます!」

パン・ド・ムーの人気商品、バニラバターブレッド。一斤20cm程度だが、たっぷりのバターとバニラビーンズを練り込んでおり、食欲をそそる商品だ。
まだ熱のこもるパンを厨房から持ってきたムツミは、大きめの紙袋に入れて会計を済ませる。

「ああ、この香り。気がつくと一斤食べちゃうから、気をつけないといけないのよねえ」

女性は笑って、いつも同じことを呟きながら、座ったまま会計を済ませる。
それを聞くたび、ムツミも食べたくなる衝動を抑えなければならなかった。売れ残りを毎日期待しているが、そうそう残りはしない。

「またのお越しをお待ちしています。ありがとうございました〜」

荷物とともに重そうに立ち上がった女性を見送ると、しばらくして女性の客がやってきた。やはり買い物帰りだろうか。

「いらっしゃいませ〜!」

見たことがある顔のようだが、思い出せない。ムツミの声には反応せず、お昼に食べるパンを物色しているようだった。
サンドイッチとベーグルを会計しながら袋に詰めていると、彼女がショップカードを手に取っている。
少し紅潮した顔で、ムツミが口早に勧めた。

「ホームページをリニューアルして、フェイスブックもはじめたんです。よろしければどうぞ!」
「……ふぅん」

女性は一言、独り言のような相づちを打っただけでショップカードを戻し、店を後にした。

「ありがとうございました〜…」

悲しさと悔しさと無力感がもやもやと、澱みのようにムツミの心に沈んでいく。

「うん、まだはじめたばかりだもんね…そのうちきっと、人気出るって言ってたし。更新がんばろっと」

深呼吸をして握りこぶしを作り、よしっ、と小さく力を込める。
ランチタイムの賑やかさが、始まろうとしていた。

次:パン屋がホームページを活用したら(7・呑み屋のパン屋)

※この物語はフィクションであり、実在する企業名、団体名、地名、および人名等とは一切関係ありません。

ウェブの心理戦略家。WordPressの勉強会(WordBench新潟・長岡藩)も主催。顧客の心理と分析を裏付けるデータを元に、心理学に基づいたライティングとWordPressでのサイト構築が得意。新潟県長岡市在住。2013年4月には新潟県で初のウェブ解析士マスターになり、同年6月よりコスギスとして活動。夫と子ども2人をこよなく愛す。おやつはプリン。

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