交流分析士2級 集中講座 参加レポート(4日目)

はい、ごめんください。コスギです。

記憶を辿りながらの4日目レポート。前半は「道具」の使い方の説明をしてきましたが、後半は更に本質に迫っていきます。

ちなみに、交流分析士の試験は毎年2回?くらいしかないので、2日間が試験日として設けられており、1.5日は復習に充てられるようです。つまり、落とすための試験ではありません。

ただし、受験票は「80%縮小コピーした出席表を貼り付けて記入した受験票の用紙をFAX」という、ハード面で心折れそうになっています。

そもそも心理学ってなんだろう

こうやって、その日の講座が始まる前の振り返りの時間が面白かったりします。

  • 心理学は「心の理学」。心がどう動くかという理屈を考える学問。
  • 心は見えないから「こういう風にしたらこうなるのでは」という理屈をつけてあげる。
  • 最終的には、困っている人が楽になればいい。

心理学の口語版と言われる交流分析は、図によって見える化するから納得しやすいという特徴がある。見えないものをどうするかではなく、見えるところ、表面に出ているところにピントを合わせることを大切にしている。上記の心理学の定義に当てはめれば、納得して楽になればそれでいいというわけです。こういうゆるさ。

復習:ストロークとは

存在認知の刺激の一単位。人は「今、ここにいていいのか」という確認をしている。身体的・精神的なもの、肯定的・否定的なもの、無条件・条件付きなものがある。

  • 人間は生まれながらに「自分を認めて欲しい」という思いを持っているので、親(養育者)からのストロークを得るために行動する。
  • 親のストロークによって子どもの「人生脚本」が作られる。
  • 受け手側がどう感じるかで、肯定か否定かが判断される。
  • あらゆる交流はストロークのやり取り。人間は刺激をストロークとしてやり取りしている。
  • 肯定的ストロークがもらえない場合、否定的ストロークでも欲しがる。
  • ストローク飢餓になると極端な行動に出ることがある。
  • 条件付きばかり与えているとココロが安定しない。反発や敵意を抱いてしまう。

交流分析はストローク主義。たとえば「あなたのためを思って」という言葉は、言葉通りに受け取ることができれば肯定的ストロークになるし、その言葉に過度な期待を背負わされていると感じたら、否定的なストロークになる。という話。受け取り側次第だし、受け取り方次第。

兄弟姉妹の性格の差として、長子はストロークを求めるのが下手なので、相手に与えてからもらうというやり方をする傾向にあります。要するに世話好きなんですが、見返りがないと落ち込みます。逆に、先に与えられると謙遜しすぎて受け取らなかったり。ほめられ上手になると、だいぶ楽になるんでしょうね。

逆に末っ子は、ストロークを求めるのがうまい。要するに甘え上手です。逆に、欲した相手から与えてもらえないと否定的なストロークでも欲しがる傾向が強くなってしまうので、そうなると、後に出てくるラケット感情に支配されやすくなってしまうのかな。交流分析の講座で「ストロークを求めたい時は求めて良い」「ストロークの出し渋りはしなくて良い」というのが腑に落ちてからは、素直ってこういうことなのかなとすら思うようになりました。

そんな講座ではいくつかの設問に答えていくと、自分が肯定的ストロークを求めているか/与えているか、否定的ストロークを求めているか/与えているかが出てきます。

こういう診断は、理想の自分と現在の自分との乖離が出てきてしまうこともよくあるのですが、グラフを見る限り、今の私は非常に充実しているというのがわかります。実際、人生が楽しいですしね。

ただ、否定的なストロークとは違う「ディスカウント」を学んで、「んんっ」と思った次第です。

ディスカウントしていないか?

2級では、ディスカウントというのはこういうもの、という概念の部分だけで、1級で詳しくやるそうです。

  • ディスカウントとは、自分や他人、状況の価値(人格・能力・重要性・解決の機会)を過小評価してしまうこと。
  • ストロークは愛と関心の表れであり、それが否定的なものであっても、「承認の欲求」は満たされる。
  • しかしディスカウントは自分や他人、状況の価値を過小評価して「値引き」する。
  • 無関心と愛の欠如の表れ。解決すべき問題を大きくしてしまうことも。
  • 自分自身、相手、状況をディスカウントする3つが挙げられる。

物事や状況は等身大に判断することで適切にエネルギー(≒モチベーション)を使えるので、ディスカウントをしたりされないようにして、行動できるようになるといいですね。

人生態度

今、大人や子どもが抱えている悩みは、すべてこの章で説明できると言っても過言ではない章です。この人生態度や幼児決断、ラケット感情などを知ってから、コミュニケーションの問題解決は表面だけの関係ではしにくい理由がよくわかりました。

  • 人生態度とは:人間と人生に対する基本的な立場、構え方をいい、行動を起こす根拠。
  • 基本的な信頼とは:「自分にとってOK、自分もOK」という信頼関係を築いていく体験。

行動の根拠となっている「人生態度」は、乳児期から幼児期、つまり、親=世の中という判断をしている時期に、親(養育者)とのふれあいと通じて培われるものです。この母子一体の時期の経験そのものが「基本的な信頼」をつくっていきます。お腹が空いた、お股が気持ち悪い、眠い、甘えたいなどの欲求をすべて叶えてもらえる時期で、「自分はOK、相手もOK」という肯定感が育まれます。

ちなみに、「OKである」「OKでない」(OK感覚)は、

  • 生きていく価値がある(自己肯定感)
  • 生きていく能力に自信がある(自己効力感)

があるかないかという判断をします。自己肯定感は馴染みのある言葉ですが、「自己効力感」は初めて聞きました。言葉の背景は1級でやるか、深掘りはしないかもしれませんが、要するに「自信」です。能力のあるなしではなく、その能力に自信があるかどうかですね。実はこの「自己効力感」を深めるともっと面白いことになりそうなのですが、ひとまず今回は講座レポートの続きを。

さて、成長に伴って(と言っても1歳半前後!)、母親と自分とは別の人格を持った人間であるという「母子分離」の自覚が始まります。そして他者との関係がはじまっていく一連の流れで「基本的な信頼の歪み」を感じる試練のときを迎えます。「基本的な信頼の歪み」は、何らかの形で必ず起こるもの。卑近な例で言えば、卒乳がわかりやすいでしょうか。

この「母子分離」をする過程で、幼児ながらに「人はこのようなものだ」だから「このように決めよう」と決めています。これが「幼児決断」。構造分析で言えば「P」の部分に無条件に刷り込まれていきます。(厳密に言うとC時代のPですが、2級ではそこまで詳しくは触れません)

そして母子一体の時代(自分はOK、相手もOK)から、母子分離の時代(自分はOK?相手はOK?)になると、笑ったり泣いたり怒ったりして、相手の行動を求めようとします。まだ言葉をうまく話せないので、非言語のストロークを求めにいくイメージですね。

笑ってもおっぱいをもらえない。
大声で泣いてもおっぱいをもらえない。
大声で怒ったらやっとおっぱいをもらえた! という状況の場合を考えてみましょう。

「本当は必要はないのに、大声で怒ったら成功した」ことが重なると、「成功した方法(大声を出した)とその時の感情(怒り)」が「ラケット感情(代用感情=にせの感情)」としてつくられます。これが成長すると、ストロークを求める行動に結びついていることが多いです。

上記の場合、駄々をこねておもちゃを欲しがる。大声を出して言いなりにさせる。などの行動につながるわけです。本当はそうそう怒ってばかりいなくても良いとわかっているはずですが、ストレスがかかると幼いころにつくられた代用感情に乗っ取られてしまいがちになります。

なお、交流分析では「性格や人格ができた」とは言わないそうで、あくまで「人生態度および人生脚本の形成へとつながる」という言い方をします。「その人そのもの」ではなく、「その人が作り上げたもの」ということですね。つまり、大人になってからでも使い方を変えたり変更したりすることが可能になります。

この「人生態度(ライフポジション)」は4つに分類され、フランクリン・アーンスト氏はこのマトリクスを「OK牧場」と名付けました。・・・はい、ガッツさんが頭に浮かんだ人は挙手!

なぜギャグになったのかの背景はよくわかりませんが、「OK牧場」は「OK Corral」、つまり「OK感覚を柵で囲んだもの」です。大切なのは、「私にとって」という前提。ですので、”I’m OK & You’re OK.” ではなく “I’m OK & You’re OK with me.” となります。

今まで学んできた生まれて間もない乳児の時の経験(基本的な信頼)と、幼児期から児童期に体験した様々な基本的な信頼の歪みからの経験(基本的な姿勢)をベースにした立場や構え方で、「自分はどの立場をとりやすいのか」「今、どの立場にいるのか」を考えることができます。ずっとその立場にいるということはほとんどなく、第1〜第4の立場でゆらぐのが一般的です。

第2の立場 I- U+
自己防衛・受け身劣等感が強く、安心感を求める手段として常にPの立場の人を求める傾向にある。依存したり従属的な態度で行動する。
第1の立場 I+ U+
開放的・相互信頼自我状態がコントロールされて、安定している。周囲の人々と調和を保ちながら、自分を活かしていく理想的な立場。
第4の立場 I- U-
自閉・反抗的人生への絶望感、虚無感があり、極度に気の弱いCが取る構え。愛情を求める欲求が強いため、相手の拒絶を招くようなことばかりすることも。
第3の立場 I+ U-
他者避難・攻撃的排除する傾向があり、粘着性の競争心を持ったり、相手を過小評価して過干渉してしまう。自分の内部を見ることを拒否し、責任転嫁する傾向にある。

例えば、外面が良くて家で傍若無人になるような人は、第2と第3の立場でバランスを取っていると考えられます。そうなってしまうのは、乳児期〜児童期に培われた「基本的な信頼」と「基本的な姿勢」によって決まってしまっているから。

ただ、今の自分がどの立場にいるのかを認識できれば、歪みを立て直して第1の立場に戻ろうとすることができます。交流分析は、こうやって図に表して扱うのが大好きなんですね。

人は第1の立場を目指すのが理想だけれど、実態は基本的な信頼の歪みがあり、第2、第3、第4の立場を取ってしまいがち。そのような慣れた立ち位置にいることが多いものの、相手や時と場合に応じて絶えず変化しています。これが人生態度のゆらぎ。

しかし「人は誰でもOKである」というのが、交流分析の原理です。つまり、第1の立場に戻ろうと思えばいつでも戻れますよ、ということ。人生態度が揺らいでしまうのは、以下の心理ゲームで説明できます。

心理ゲーム

「心理ゲーム」はエリック・バーンにより「明瞭で予測可能な結果に向かって進行しつつある一連の相補的・裏面的な交流で、自我状態の”転換”とともに”結末”を迎え、一般的には後味が悪く、繰り返し行われる」と定義されています。時間つぶしにしかならないから、バーンは「ゲーム」と名づけたんだそうな。

ポイントは以下の5つ。

  1. 繰り返し行なう(反復性)
  2. Aの自我状態がほとんど機能していない(意図していない)
  3. 本人も気づかない隠された意図がある(人生態度を証明、主張している)
  4. 不快な感情を伴う”結末”がある
  5. グレースタンプを収集する(否定的なストロークの感情を溜め込む)

わかっているのに「あー、またやっちゃった……」と後悔してしまうやりとり、と言えば1つくらいは思い当たるものがあるのではないでしょうか。繰り返し周囲の人との濃厚で不快なやり取りをすることで、否定的なストロークを手に入れ、ストロークの飢餓状態から脱することを目的としています。ああ、負のスパイラル。ちなみに、心理ゲームに関する書籍は、ちょっと的はずれな部分もあって、あまりオススメできないとのことでした。

人間は「立ち位置を確認したがる動物」だから、心理ゲームを仕掛けたり乗ったりするようですが、自分の存在を確認しないと落ち着かないのって、第1の立場以外にいるときなんじゃないですかね。つまり揺らいでいる状態ですね。

そんなふうに思ったのですが、4つの理由が定義されていました。

  1. 孤独(ストローク飢餓)を避けるため
  2. 自分、または他人が「OKでない」ことを証明、主張する
  3. 時間つぶしをしてストロークの補充をする
  4. 自分の人生脚本を強化、進展させる(そういうことを始めてしまう脚本を持っている)

裏を返せば、心理ゲームを仕掛けてくるのは、このような理由がある人だからということがわかります。理由がわかるだけで少し楽になりますよね。少し。

この心理ゲームには「ゲームの公式(Formula G)」があります。予測可能な結末に向かうので、公式が成り立つわけですね。それが、以下。

仕掛人 + 乗る人 = 応答 → 転換 → 混乱 → 結末

つまり、この公式の要素が1つでも欠ければゲームは成立しないので、不快な感情を伴う結末に行かなくて済むのです!

その解決策は、5日目に!乞うご期待!!

この4日目で「ストローク」を深めて「心理ゲーム」を学んだので、日々のコミュニケーションをより具体的に想定できるようになってきました。その分、盛り沢山なのでブログの記事に起こすのが随分あとになってしまいましたが、あと2日分……復習がてら、公開していきます!

なお、この心理ゲームについては以下の書籍で詳しく述べられています。バーンが「Stupid」と名づけたゲームの例が秀逸です。うちのばーちゃんと子どものやり取りみたい。